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2014/12/21

2014日本島根(3-7)立虫神社‧万九千神社


在傍晚時分,我們來到立虫神社與万九千神社。
万九千神社自1878(明治11)年以後,經歷了136年,由於神殿隨歲月朽壞,從2009年9月開始持續遷宮事宜,直至今年10月10日遷宮完成。

 
註:已於今年12月8日(舊曆10月17日)由万九千神社的錦田剛志宮司舉行八百萬神等去出祭,並於同日,於斐伊川的水邊,以秘儀舉行龍神祭。

立虫神社:
式内社 出雲國出雲郡 立虫神社
旧村社
御祭神

五十猛命 大屋津姫命 抓津姫命

万九千神社:
式内社 出雲國出雲郡 神代神社
御祭神

櫛御気奴命 大穴牟遅命 少彦名命 八百萬神

大穴牟遅命 須佐男命一名熊野加武呂之命 少名毘古那命 『社家記録』
素盞嗚尊 葦原醜男命 少彦名命 『寛延年間の棟札』
あしはらのしこを命 『出雲神社巡拝記』

位於距離斐伊川神立橋(9号線)北邊300m的地區。
是位於田圃正中央的神社。
鳥居前有二座石柱,二社同居一境内祭祀。
境内亦有許多末社。各自立有石柱,利於觀光客辨識。

有此一説:最初、この地の産土神として神代神社が主体であったが、
その後、洪水のため、神代神社境内に遷座していた立虫神社が、
神立大明神として独立。そこに、神代神社が相殿神になり、
やがて、神代神社は万九千神社と同一混同され、
ついに、神代神社は、
宇屋神庭へ移ったという。

あるいは、昔は神立大明神と称しており、
もとは、現在地より南西700mほどの鎮座していたが
寛文年中、斐伊川の川床の変遷により、
神代神社の後継社・万九千神社の境内へ遷座した。

なんともややこしいのだが、現在は、
立虫神社が本社で、万九千神社が摂社。
立虫神社は、式内社・立虫神社であり、
万九千神社が、式内社・神代神社であるという。

万九千神社には本殿はなく、
拝殿後方に「神籬磐境」があり、石柱が立っている。
出雲神在月の最後に、全国から集まった神々が、
この社からそれぞれ帰っていく「神等去出」(カラサデ)の為の場所で、
ゆえに、この地を神立という。
神々がここへ神集い会議をしている間、この地方では歌舞音曲は厳禁で、
鈴の音のみが聞こえるという。
また、神立ちの夜は、特に静粛を保ち、外出もひかえている。

鳥居をくぐって正面に立虫神社。右手に万九千神社がある。
万九千神社には本殿は無く、神籬磐境に祭神名を記した石柱が立つ。
境内には、多くの境内社がある。
秋葉社、金刀比羅社、大社、旅伏社、才ノ上社、
大地主神、和田津見社、稲荷社、
天照大神、馬繋荒神。

http://www.genbu.net/data/izumo/tatimusi_title.htm
http://www.geocities.jp/engisiki/izumo/bun/imo430548-02.html








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