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2005/09/11

書評(asahi.com)

轉貼一篇朝日新聞的書評。我的日文不大行,只是大概看一看內容有些什麼而已。 「商女不知亡國恨,隔江猶唱後庭花。」杜牧的這聯不知今日的大學生、高中生百人中有若干能知此詩與其義。此其一。 敗戰國也是一個日文中的詞,除了終戰以外。此其二。 搞清楚自己的位置、來歷、未來的走向,是每個當代公民的責任。不去搞清楚這些,是籍隸台澎金馬人的悲哀。
書評 退廃姉妹 [著]島田雅彦 [掲載]2005年09月04日 [評者]野口武彦  敗戦国の女性というテーマには、戦後六十年の今になっても《開かずの間》めいた秘密の匂(にお)いがこもっている。  商女(しょうじょ)は知らず亡国の恨み、江(こう)を隔てて猶(な)お唱(うた)う後庭花(こうていか)(杜牧)。この晩唐の名詩からは戦争に勝てなかった男の悲哀が滲(にじ)み出ているが、女の心は語られない。一九四五年の日本では、唇を真っ赤に塗った女性が米兵の腕にぶらさがって歩く町に、戦時は亡国の音とされたジャズが流れていた。『退廃姉妹』に登場する「商女」は宣言する。「東京はアメリカ人に占領されたけど、あたいたちはアメリカ人の心と財布を占領するんだ」  当時の日本政府が音頭を取って占領軍向きの慰安施設を作った事実は、歴史教科書論争でもあまり話題にされないが、ヒロイン姉妹の父親は、国策によって女衒(ぜげん)になり、女たちを慰安所に送り込む仕事を商売にする男である。ところが妙ないきさつで戦犯として逮捕され、姉妹は父が背負った莫大(ばくだい)な借金と共に弱肉強食の戦後社会に投げ出される。  焼け残りの邸は「スプリング・ハウス」と名付けられて大繁盛する。  売春とは春の菜の花を売ることだと思っていた妹は、ナイロンストッキングと引き換えに処女を奪われ、米兵専門に身体を売って稼ぎはじめる。特攻隊に入った恋人の面影を胸に抱く姉は、売春宿の女将(おかみ)になって営業を支える。姉妹は自分たちの「戦後」を力強く生きる。息子と手を切れといってきた米海軍大佐に、交換条件として父親の釈放を持ちかけるまでに成長を遂げるのである。  妹がオンリーさんになって渡米する夢破れて自殺を図ったり、姉が元上官を殺して逃亡犯になった特攻隊崩れと心中行に出たり、最近はメロドラマの手法さえ自在に使いこなす作者は、日ごろ黒白写真で見なれた戦後史の画面にデカダンスの彩色を加えてよみがえらせる。  語り明かされるのは暗い《歴史の闇》だけでなく、さらに深く広がる生暖かい《女の闇》である。小説の毒は、適度に甘味(あまみ)と苦味(にがみ)を調合されてゆっくりと全身にまわり、世にいう自虐史観も自己愛史観もへだてなく静かに腐食する。


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